IELTS NEWS 第7回 マンハッタン ベッドまでの長い道のり 後編 ~チェルシー地区~


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 近づいてきた黒人男性は、よく見るとまだ20歳に満たない少年です。

「さっきからずっとそこにいるけど、どうしたの?」

と彼は人懐っこく笑いながら訊ねてきました。私は自分の状況をありのまま説明しました。すると彼は嬉しそうな顔をして、ホテルの管理人とは知り合いだと言います。この地域で生まれ育ったから、自分はこの辺りに住む大抵の人を知っている、と誇らしげな様子です。そして、ここ10年の「近所の歴史」を語り始めました。彼の話によると、治安が悪かった数年前までホテルはマフィアが所有するビルで、ドラッグや売春などが行われていたそうです。それを不動産会社が買収し、ホテルにしたということです。だから、残念ながらあまり良いビルではないよ、とおしえてくれました。

チェルシーの歴史を聞いている間に、陽はすっかり暮れて辺りは真っ暗です。話が一段落したときに、どうしたら管理人と連絡が取れるか少年に訊ねてみました。すると彼は徐に窓の下まで歩いて行き、とてつもない大声で女性の名前を叫びました。何の反応もありませんでしたが、彼は名前を呼び続けました。すると3階の窓がゆっくりと開き、ラテン系の女性が眠そうに目をこすりながら現れました。


「あんたの客がここにいるよ!」

少年が叫ぶと、彼女は面倒そうな表情をして、窓の奥に姿を消しました。しばらくするとビルの入り口が開き、小柄な女性が気だるそうに出てきました。なんでも昼寝をしていて電話に気がつかなかったそうです。時間はもう夜8時近くになっていて昼寝でもないですが、彼女は悪びれもせず名前を名乗り、片手でドアノブを押さえたまま入るように手招きしました。私は少年に礼を言って、トランクを抱えてホテルに入りました。

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案内されたのはニューヨークによくある半地下の部屋でした。一応窓は付いていましたが地面すれすれに位置していて、鉄格子がはまっています。そこから黒いビニール袋に入ったごみが山のように積まれているのが見えます。部屋には洗面台とトイレがあり、隅に簡素なベッドが置いてあります。シャワー室は2階にあり、共用とのことです。前金で一週間分の滞在費を支払うと、女性は部屋の鍵をくれました。管理人が部屋を出てやっと独りになると、私はほっとしてベッドに横になりました。部屋には地下室独得の湿気が充満していて、ベッドの毛布やシーツも湿っているように感じます。窓の外のゴミ捨て場を眺め、配管がむき出しの室内を見回すと、なにかとてもみじめな気分になりました。この上なく陰気な部屋です。それでも染だらけの天井を見つめていると、急に眠くなってきました。